‘Compromise’ の意味が「妥協する」と「傷つける」になる理由

英語を学んでいると、「Compromise=妥協する」と覚えていたはずなのに、ドラマやニュースではまったく違う意味で使われていて驚くことがあります。たとえば、

  • His reputation has been compromised.(彼の名声は傷つけられた)
  • The data has been compromised.(データが漏洩した)
    のように、「損なわれる」「危険に晒される」という訳が当てられています。

なぜ「妥協する」と「傷つける」という一見正反対の意味が、同じ compromise という単語に含まれているのでしょうか。この記事では、その背景を語源と意味変化の流れから丁寧に見ていきます。


Compromise(動詞)の辞書上の意味

まず、辞書的な定義を整理してみましょう。
Merriam-Webster Dictionary では、やはり compromise の動詞として以下の二つの大きな意味を挙げています。

① 妥協する(to make a mutual agreement or concession)

  • They compromised on the price.(価格で妥協した)
  • He refused to compromise his principles.(彼は信念を曲げる妥協を拒んだ)

これは、双方が譲り合って合意に至るというポジティブな意味です。

② 傷つける・危険に晒す(to expose to risk or harm)

  • His reputation has been compromised.(名声が傷つけられた)
  • The security system was compromised.(セキュリティシステムが侵害された)
  • Compromised immune system(免疫が低下した/機能を損なった状態)

このように、現代英語では「妥協する」と「損なう・危険に晒す」という二つの意味が併存しています。後者の用法はニュースやIT分野、医療分野などで非常に頻繁に使われています。


語源から見る Compromise の本来の意味

語源辞典 Etymonline によると、compromise はラテン語 compromittere に由来します。
この単語は

  • com-(共に)
  • promittere(約束する、送る)
    の組み合わせで、もともとは「共に約束する」「仲裁者の判断を受け入れることを誓う」という意味でした。

つまり、出発点では「お互いが一歩ずつ歩み寄る」という中立的な、むしろ建設的なイメージを持っていたのです。
そこから、「自分の主張を100%通さずに折り合いをつける」という現代の「妥協する」へと自然に意味が広がりました。


本題 ー 「compromise=完全性を少し手放す」のニュアンスが時代を経て強化 

しかし、言葉の意味は時代とともに変わります。
Utah大学の法学サイトによると、compromise の意味は以下のような段階を経て変化していきました。

第一段階(古代〜中世)「誓う」

ラテン語 compromissuscompromittere の過去分詞形)は、「仲裁者の決定を受け入れると約束する」ことを意味しました。
つまり「争いをおさめるための相互の約束」です。ここではまだ肯定的な意味しかありません。

第二段階(1500年代)「歩み寄る」

やがて「仲裁者の存在」が薄れ、単に「交渉を重ねてお互いに譲り合う」行為全体を指すようになります。
この段階で現在の「妥協する(concessionを交わす)」という意味が定着します。

第三段階(1600〜1700年代)「少し失う事で譲歩する」

しかし、譲歩には常に「何かを失う」「理想を少し曲げる」という側面がつきまといます。
そのため、17世紀後半には「不本意な妥協によって、自分の立場や名誉が損なわれる
というネガティブなニュアンスが生まれました。

この変化が、現在の
Reputation(名声)、Data(データ)、System(システム)が、Compromised(損なわれる)
という使い方へとつながったのです。


「妥協」と「損なう」はつながっている

一見まったく違う意味に見えますが、両者の根底には共通点があります。
それは「完全な状態を保てなくなる」という点です。

  • 妥協する:理想や主張を100%保てない
  • 損なう・危険に晒す:機能や信用を100%保てない

どちらも「完全さが欠ける」「守りきれない」状態を表しているのです。
したがって、「compromise=完全性を少し手放す」と捉えると、二つの意味が自然に一本の線で結ばれます。


現代英語での使われ方

現代では、「傷つける」の意味が技術や医療分野で特に強く使われています。
例えば次のような用法です。

  • Compromised data / account(漏洩・不正アクセスされたデータ/アカウント)
  • Compromised immune system(免疫機能が低下した)
  • Compromised patient(免疫不全患者)

いずれも「守るべきものが外的要因によって脆くなった」状態を表します。
つまり、「安全・健全・完全でなくなった」という意味での「妥協(破れ)」なのです。

一方、日常会話では依然として「妥協する」という中立的な意味でも多く使われます。

  • We have to compromise if we want to move forward.
    (前に進むためにはお互いに妥協する必要がある)

このように、同じ単語が状況に応じてポジティブにもネガティブにも使われるのが、英語の面白さであり難しさでもあります。


まとめ ― 言葉は変化し続ける

Compromise は、もともと「共に約束する」という協調の言葉でした。
しかし時代を経て、「譲歩による損失」という側面が強調され、
「傷つける」「危険に晒す」という新たな意味を持つようになりました。

つまり、compromise の歴史は、
「建設的な歩み寄り」から「脆さや損失」への意味変化の物語でもあります。

同じ単語が「妥協する」と「傷つける」を兼ねるのは偶然ではなく、
「完全でなくなる」「理想を少し失う」という共通の本質を映しているからなのです。

 

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